だれだって秋が好き。




 枯れ葉が足もとぱりぱりと音を立てる。その音が面白くて、碇ユイはむやみ
に参道ではないところを歩く。かかとの低い靴を履いていてよかった。ユイは
思った。
 上賀茂神社の境内は静かだった。平日だったせいもあるし、もともと観光客
が来るような神社ではない。

「神社って・・・好きだわ。どこまでも伸びる水平線って感じがする」
「そうかな。おれはこんな清らかなところは嫌いだ」六分儀ゲンドウは言った。
「じゃ、どんなところが好きなの?」
「うん・・・酒場かな。うまいおでんが食える店がいい」
「呑みに行く話をしてるんじゃないのよ」
「いや、いつも酔っぱらっていたい、と思ってるってことだ」
「そういうのを韜晦って言うのよ」
「こいつは、おれのスタイルだよ」

 二人は、参道の脇にある石に並んで座っている。
「これもご神体なら怒られるわね」
「なんで神道は、なにもかも、ご神体なんだ?鏡であり木であり、石であり、
どっかには男根や女陰の格好をしたご神体があるって聞いたことがあるぞ」
「・・・『寄り代』(よりしろ)って言葉なかったっけ?日本の神様は形が無
いから、物に寄ってくるのよ」
「憑き物みたいなもの?」
「ちょっと・・・違うかも」

 二人は再び歩き続けた。
 なんと鞍馬山の麓まで歩いて引き返した時は、夕方になっている。
 ユイは足が棒のようになった。こんなデートってあるかしら?
 しかし大学で、この背の高い、くぼんだギョロ目をした男に、「おう、明日
どこか行く?」と誘われて、断った事がなかった。

 夕日が綺麗だった。

 気がつくと、今出川堀川のバス停の近くまで来ていた。バスに乗って、阪急
の河原町駅まで行けば、あの家に帰ることが出来る。そしてユイはあの家にま
だ帰りたくなかった。

「疲れたわ」ユイが言った。
「そうかい」
「『そうかい』って、それだけ?」
「それだけって・・・どう言えばいい?」
「休んでいこう、とか、シャワー浴びようとか、なんか言えないの!」
「う・・・ん。いや、この界隈には、あの」
「なにが言いたいの?自分の論文みたいに、歯切れよく言いなさい」
「このあたりにはそんなホテル、ないんだ」じじつ、そのとおりでは、あった。
「・・・ばか」

 碇ユイは日記を付けている。小学校三年生のときから欠かしたことはない。
 その日。1989年11月某日のページに、こう書いた。

『  だれだって秋が好き。
   秋のきらいなひとはなし。

   とりわけ
   思い出のできる季節(とき)。

   はじめて、一等賞をとったとき。
   はじめて、自転車に乗れるようになったとき。
   はじめて、恋文を書いたとき。
   はじめて、好きだと人に言ったとき。
   はじめて、男と寝たとき。

   その思い出の秋が好き。  』




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